信仰の体験談1
 

 

受洗の証し
 
 
(40代男性 サラリーマン)
 
  1.教会に来るようになったきっかけ  
   私は高度経済成長期の真っ只中の昭和40年、京都で長男として生まれました。父は宮大工の息子で、清水焼の絵付け職人、母は西陣織等の染物屋の娘という、京都の香りが漂う家系でした。双方とも事業は戦前は好調であったようですが、戦争によりうまくいかなくなり、生活水準は決して高いものではありませんでした。また父は幼少時に足を悪くしてハンディキャップを背負いながらも、私たち5人家族を養ってくれました。父は本当は画家になりたかったようで清水焼の瀬戸物に絵を描く仕事を選んだようですが、食べていくためには苦しく、結局はこの仕事を諦め、その後は体を酷使するような職業に就くこととなりました。曲がったことが嫌いで、人に対して厳しい見方をする人ではありますが、苦労の中を生きて、私たちを育ててくれた父を大変誇りに思っております。
 我が家は天台宗(本家は北陸36不動尊霊場の一つ、中川寺)の家系でしたが、宗教的に信じているというよりは、先祖や法事を大切にしている家であったように思えます。キリスト教については親族や友人に信者もおらず、通った学校も全て公立でしたのでほとんど接点がありませんでした。家の近くの鴨川で遊んでいると、2人連れのモルモン教の外国人宣教師がやってきて布教活動をしていたので、どこか異国の宗教というイメージがあっただけでした。
 教会へ足を運ぶようになったのは、妻と結婚して彼女による影響を受けたのが大きかったと思います。私たちは結婚して以来、仕事柄転勤族で、伊丹→松戸→豊中→綱島→青葉台と住まいを転々としましたが、妻が通っている教会にたまに姿を見せていた程度でした。キリスト教には好感を持っておりましたが、洗礼を受けるまでには至りませんでした。
 こうして今私がこの場に立つことができたのも、もちろん神様の導きによるものではありますが、江上牧師はじめ青葉台教会の皆様の温かさのおかげであると感謝しております。また、妻の地道なプチ宣教活動も功を奏したのかもしれません。車に乗ると先生のメッセージが流れ、リビングではPCから常に賛美歌やBBN、CGN放送が流れ、おまけにトイレに入ると御言葉カレンダーや妻オリジナルの御言葉カードが張ってあります。つまり、妻が、サブリミナル効果で知らず知らずイエス様へ導く「仕掛け」を用意してくれていたのでした。
 
     
  2.どのようにイエスキリストを信じたのか  
   最初は、聖書に出てくる「罪」という言葉に大きな戸惑いを感じていました。どうしても法律上の「犯罪」を思い起こさせる言葉であり、自分はどんな状況においても、犯罪を犯すような人間ではないと思っておりました。
 私は比較的にまじめに育てられてきたゆえに、世の中を正しく生きていると信じていました。また、まじめでなかったり、自分の価値基準に合わない人を批判的に見ていたりしていました。本来はその人がなぜそうなってしまったのかという原因にまで焦点を当てるべきであるのに、表面的なところだけしか見えず、簡単に人を裁いたり批判してしまう自分がいました。
 また、教会に通うようになって、今まで自分は目を前にしか向けておらず、私を支えてくれた人々への感謝が薄かったことに気づかされました。大学受験、就職活動、昇進、そして資格やビジネススクールでの学位の取得、転職等、常に競争社会で勝ち残るべく、前進することしか考えていませんでした。一つの目標が終われば、次の目標へと絶えず自分の掲げた目標を目指してまっしぐらでした。自分で目標を定め、努力し成就させていく、というのは一見前向きな考え方ではありますが、反面、目標をうまくクリアできなかった場合、失望や挫折感を味わうことになりかねません。人間大変なエネルギーを持ってやってきたことがうまくいかなかった時の落ち込みは計り知れません。その度に落ち込み自分を責める一方で、家族や周りの支えがあったことにも気づかず感謝できない自分がいました。さらにうまくいった人たちを妬み、彼らとは条件面で劣っている自分が失敗するのはやむを得ないなどと、正当化している自分がいました。またうまくいった時には、専ら自分の努力の功績にしているような身勝手さでした。こうして教会に来るようになって、神様が、このような考え方は高慢で自己中心的なものだと教えてくださり、これらのことがまさに「罪」であるとわかったのです。
 このような罪人である私には本来は救いがないのか当然なのでしょうが、神様がこの地上に、独り子イエス様を送ってくださり、イエス様がこのような私の罪とわがままの一切を身代わりに背負ってくださり、贖ってくださったおかげで、この私が救われ、希望があるのだということがようやくわかったのでした。
 
     
 
    3.イエス様を信じて救われての感想、救われた後の気持ちや考え方
 
   まだそんなに大きな変化はありませんが、例えとして、水が半分入っているコップの見方が変わったような気がします。今までは、コップにあふれんばかりの水が入っていないと満足ではありませんでした。しかし、イエス様を信じるようになって、水があることの感謝の大切さを知るようになりました。
 これは、今までモノ・お金・権力など持てば持つほど幸せになれるのではという考えに支配されてきたことの裏返しではないかと思われます。今までは足りない半分にばかり目が奪われて、毎日が不安でした。何とか不足分を補おうと、我力で頑張るものの感謝がないという状態でした。
 しかし、砂漠を旅する旅人のように、のどがカラカラの状態で、半分でも水があれば本当に感謝です。イエス様の救いにあっては、今は一見困難なことでも、後々益に変わるのだと信じるようになり、安心、希望が持てるようになりました。今そこにある半分の水に目を向けて、本当にありがたいと思い、味わう境地、これこそ、クリスチャンの醍醐味ではないかと考えております。
 ところで、昨今の不況で多くの人が仕事を失われております。私が勤務するコンサルティング会社も例外ではなく、仕事が激減しており、今までは「あって当然」だった仕事のありがたみがわかるようになりました。今後は確かに不安ではありますが、素直に今ある仕事を感謝し、コツコツとやり抜きクライアントに喜んでいただこうという気持ちになってきました。今は次の聖書の御言葉がぴったり来ます。
 「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。
 だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。・・・・何よりもまず、神の国と義を求め
 なさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。」(マタイによる福音書6:26、33)
 最後に、今までは自分で勝手に掲げた目標に向かって生きてきましたが、今後は神様に委ね、常に「私に使命をお与えください。」と祈り、仕えるような生き方をしてゆきたいと思います。 常にイエス様に目を向けて、「ああ生かされているのだ」と常に確認しながら、喜びと感謝の気持ちを忘れない生き方を続けていければと考えております。